2020.9.19
ティーチャーズアソシア講演会
ドリル宿題の廃止と子どもが主体的になる自学自習への転換
~どのようにドリル宿題をなくし、保護者の理解を勝ち得たのか~

ティーチャーズアソシアについて
 教員支援ネットワークT-KNIT代表ネットワーク 塩畑 貴志 代表理事  

対談
 教員支援ネットワークT-KNIT代表ネットワーク 塩畑 貴志 代表理事 
 水戸市立石川小学校 豊田 雅之 校長
質問1 どうしてドリル宿題を廃止しようと思ったのか
  ・ドリル宿題の効果はあるのか
    一律に配布するのではない
    いやいやドリルをやっている場合がある。
    怒られないと宿題をしないように

  ・教職員の働き方改革
    丸付けに追われる
    放課後の時間の

  ・2030年問題 
    超少子高齢化社会問題
    自分から課題をつかんで主体的に学ぶ

質問2 教員や地域への説明はどのようにしたのか
  ・丁寧にドリル宿題について説明
  ・運営委員会で提案
  ・試行期間を経て、実施
  ・保護者への説明
     2学期の保護者会で、校長が提案。
     学校HPでも紹介。
     アンケート、丁寧に対応。
 
 宿題をなくすことは考えていなかったのか
  ・宿題をなくすことは考えていない
   時々宿題を出してほしいという声もあった。
  
  ・低学年 宿題をメインに
   5・6年生は自主学習を中心にした 
  
  ・自主学習
   ノート2ページ分、学年×10分としている
    やりすぎる子もいる

質問3 ドリル宿題を廃止するために行ったことで効果があったこと

 ・教職員と話ができた
 ・家庭の意見を聞喰ことができた。
   家庭の考えは、一律ではない
  
質問4 石川スタイルはどんな流れでやっているか
   令和2年度版「いしかわスタイル家庭学習」の手引

質問5 自学ノートの導入によって変化した具体的な具体的なメリットは?
 ・漢字ドリルを出したか出さないか。算数ドリルを出したか出さないか。
  という選択しかかなかった。
 ・誉める要素が少なかった。
 ・子どもが宿題を出さないのには、理由がある。怒らない。

 ・学びに向かう力が大事。
 
保護者からの手紙
         我が家は、自学のみの宿題になってから、家庭での『ゆとり・笑顔・会話』が増えました
 学童に通っていることもあり、帰宅はいつも18時頃。すぐに家事に取り掛かりながら、子どもの宿題の確認。
 終わっていなければ、「どうして、学童でやってこなかったの!」と叱ることもしばしばで、残りの早く終わらせなければ…と焦る思いで家事をして、急ぎ足で夕食を食べさせて、宿題の続きをさせる日々の連続でした。
 「子どもも一日頑張って疲れているのだから、せめて家庭ではゆっくり過ごさせたい小学生の間はのびのび育てたい。学力よりも、お手伝いや規則正しい生活など、生活の基盤をちゃんとさせたい。」
 その思いとは裏腹に、親も子もゆとりのない毎日でした。
 それが、この一週間で全く変わりました
 笑顔と会話が増え、叱ることが減り、親自身も、声かけの仕方を工夫するよう心がけるようになりました。
 子どもは、帰宅時にすでに宿題が終わっていて、ゆとりがあるからでしょうか、これまで何度言ってもなかなかできなかった、「お米とぎ、各部屋のカーテン閉め」のお手伝いを欠かさずしてくれるようになったばかりか、進んで庭掃除や風呂掃除をしてくれたり、時には一緒に夕食作りも。
私も焦って家事をする必要がないため、時間のゆとりができ、夕食後、短い時間ですが一緒に遊ぶ時間が持て、それでも21時30分頃に就寝できるようになりました。
 心のゆとりから「感情に任せて怒鳴る」のではなく、「どういえば子どもは進んでできるようになるか?やる気を起こせるか?」と考えて言う努力を、私も持てるようになりました
「親が変われば子どもも変わる」、それが実感できた一週間でもありました。
 
 また、我が子は幼いころから夢中になっているものがあり、自学の提出にまでは至りませんが、家でその専門書を読んだり(眺めたり)、自分なりに調べたりするようになりました。
 その分野に興味のない私より大変詳しく、時には知識を披露して自慢します(笑)。
 自分の好きなことなら、子どもはこんなにも興味を持って集中して取り組めるのかと驚いてもいます。
 いつも目を輝かせながら話すその姿に、これは子どもの大きな自信(自己肯定感)に繋がると確信しています。
 
 これらは、私たち夫婦が学力以上に子どもに望んでいたことです。この先、どうやったって受験戦争が待っているのなら、せめて今は、自己肯定感を育み、「生きることが楽しい、幸せ」だと感じてほしい。将来の自立に向けて、学力よりも「生活力」を高めてほしい。ずっと、そう思って子育てをしてきました。
 また、学力向上の点においても、「温かな家庭基盤、規則正しい生活、集中力」は必須
 今回の改革では、それが家庭・学校・子ども自身の努力次第で実行できるはず。校長先生の取組みには深く感謝しております。
 
 HPを拝見させて頂いておりますが、反対意見の中には、「机に向かって問題を解く」ことが勉強だと思われる方も多いのかな?という印象を受けましたが、私自身は、「学びはどこにでも転がっている」と考えています。
例えば、一緒に調理をすることで、低学年なら野菜を切ったりゆでたりから「形や色の変化」、高学年なら「融点・沸点、水と油の温度上昇の違い」など、家庭科のみでなく、算数や理科に結びつけて学ぶこともできます。
生活に欠かせない入浴でも、「水の循環」だったり、身だしなみに興味が出てくる高学年の女子なら、お気に入りのシャンプーの成分に目を向ければ、「薬学・農学分野」への興味に広がるかもしれない。
 サッカーや野球観戦をしながら「得失点差」・「勝敗率」の知識を得ることは算数の力に、好きなことを、とことん調べることで、読書力(国語力)、広げ方次第で、社会に理科にも繋がっていく。
 大学入試も、マーク試験ではなく、どんどん思考力を問われるような記述式に変わっていくと言われています。
 これまでのような、「ただドリルを繰り返し、与えられた問題を解くだけ」では、その「考える力」はなかなか身につかない。
 だからこそ、校長先生がおっしゃられるような、「自分で考え実践し、解決方法を考える力」は、これまで以上に必要になってくると、私は思っています。
 学力を上げるためには、学校の力だけでなく、「いかに子どもに興味を持たせられるか」というような親の声かけ、親の努力もまた必要だと思います。
 とはいえ、まだまだ私は知識も経験も浅く、子どもに興味を持たせるような、上手な声かけの仕方ができなかったり、逆に、子どもが興味を持って「やってみたい」ということに、私自身の知識がないがゆえ、うまく導いてあげられないこともしばしば。
だから、そういう「学び」に関する講演や勉強会、もしくは手引書などがあれば…と思っています。
 
 ただ、そもそも生きる上で「学力」はどれほど必要なのでしょうか?
 私事で恐縮ですが、偏差値至上主義の時代に学生時代を過ごし、中学では進学校に進むため、進学校に進んだら、センター試験で良い点数を取るため、何年も必死で勉強し、それでも大学は、「偏差値・センター試験の結果」重視で「行きたい大学」よりも「行ける大学」でなければ学校に願書すら書いてもらえない、進んだ大学で免許を取って卒業を迎えたら、就職氷河期の底辺で採用自体が「なし」、あっても100倍近い倍率。
 「学力をあげることがより良い将来につながる」と信じて勉強してきたはずなのに、就職で心折れた私は、40を過ぎた今も、自分の人生に価値も目標も見いだせず、自己肯定感も低く自信がありません
また、昨今の事件でも、「勉強はよくできた」はずの人間が、犯罪を犯していることがとても多い。
 我が子には、決してそのような道を歩ませたくはありません。
 100点や一番は取れなくても、「自分にはこれがある」と自信を持てる何かを見つけて、「自分の力で未来を切り開く力」を身に着けてほしい「自己肯定感の高い人間」に育ってほしい、そう願っています。
 校長先生がHPで書かれていましたように、「自己肯定感」が高いことは、これから生きる上でとても大切だと思います。
誰 かが作ったテストで100点をとることができても、その力はいずれAIにとって代わるでしょう。
 人間がAIに負けないもの、それは「人を愛し、愛されること」ではないでしょうか?
 『人を愛すためには、自分を愛せないといけない』と良く言われます。
自分を愛すために必要なのが自己肯定感だと、私は思います。
自己肯定感が高い人間は、自分に満足しているから、誰かをいじめたり卑下したりすることもなく、人に優しくできる。自分の人生にも自信が持てる。それは、最終的には、学力があることより、幸せな人生に繋がっていく気がしてなりません。(誰でも、我が子に一番に望むのは「幸せな人生」ですよね?)
 勉強ができること以上に、私たち夫婦が、我が子に望む姿でもあります。
ただ、これまでの宿題の在り方は、学力向上のみが重視されていたのではないでしょうか?
 それを一番に重視する教育であったら、極論ですが、子どもは学力のみでしか人を判断できないようになるかもしれない。(あの子は勉強ができるからすごい、自分は勉強できないからダメな人間だ…など)
 でも、学力は一つの指針ではあるけれども、人を判断する一番の材料であっては決してない
 誰もが価値ある存在であることをお互い認め合ってほしい、そのためには、皆それぞれ、自己肯定感がなくてはならない。
 今回の、校長先生が考える「自主学習の在り方」は、ただ学力についてのみでなく、上記の様に、私自身が、子育ての在り方を今一度考える機会を頂いたような気がします。今回をきっかけに、「自学の在り方=親が目指す子どもの将来像」を、親自身も模索しながら、一緒に考え、取り組んでいきたいと思います。
 このような機会を頂き、心より感謝しております。

質問6 管理職でない教員の立場で学校の仕組みを変えたいと考えた場合、どうすればいいか?

 ・校長と仲良くする。
 ・一人突っ張っていてはだめ
 ・みんなと共有する
 ・人は正論では動かない。いろいろなことをやってあげて感謝される。
  人間性の中で
 ・この人「こんなにやってくれるんだから」ということが必要

質問7 学習意欲が低めな子どもも、自主学習を主体的にやるようになったの?
 ・意外とやる。
 ・朝、「これ見てください」と校長室にくる
 ・「ゲームのキャラクターを書いてきていい」と聞かれると
  「それは自主学習としてどう?」と聞き返すと「ダメかな」と自分でいう。
 ・基礎・基本は学校の授業でつけたい。
  家庭では、自立心を身に付けさせたい 
 ・好きなことの先に目的がある。自分で選び取っていく

 ・国語の音読など効果的宿題は出してている
 ・オンラインの宿題の提出、今はない。

 ・休校中、課題は少なめにした。
  自主学習の意欲に期待した。
  子どもの自主性に任せたところがある。
  
 ・先生の負担は
   増えた人もいる。コメントに対する負担が増えた。
   誉めるように見ている。
   今は、校長室に来てくれて、ふれあいが楽しい。
   忙しくなったかもしれないが、負担感はない。