2020.8.29
ポスト・コロナ時代の学校づくり
~大変な時だからこそ「みんなの学校」をつくる~
スペシャル対談「木村泰子さんVS苫野一徳さん」
はじめに 
 教育の杜 藤川 伸治 代表
対談
 苫野 一徳 熊本大学教育学部  
 木村 泰子 元大阪市立大空小学校 校長
木村  「先生は~」と話すのではなく、「私は~」と。大人か「私は~」と話すことにより、子どもと対等になる。教える人から一緒に学ぶ人になれる。安心できる場をつくることが大切。
苫野  いつから学校は、自分のことを「先生は」と呼ぶ文化があるのか。
木村  戦後、追いつけ追い越せ、日本のために働ける人をつくってきた。
 教職員の構造。ピラミッド型。
 先生と呼ばれないと仕事ができないなら仕事をやめた方がいい。誰よりも子どもから学ぶ人に。
 主体は誰か。先生が頑張る学校、子どもは目的・手段になる。
苫野  先生が学校のすべてという力学が働いている。みんなを管理して、先生がやる。みんな一緒にすることに力を入れすぎ。みんなで創っていく。
 どうしても管理者としての先生がいる。そのマインドを変えるべき。
木村  コロナにより、教育界の根深い問題が明確に。
苫野  これからの学校を創ることにエネルギーを。
木村  山ほど失敗してきた。失敗したら、やり直せばいい。進化していく。取り返しのつかない失敗も。
 一人の子を登校できなくさせてしまった。学習権を奪ってしまった。
 リーダーになって、全ての子の学習権を保証することをめざした。
苫野  「これまでの経験が形作っている。
木村  人は幸せになりたい。でも幸せは人から与えられるものではない。
 周りからの評価で生きてきている。しかし、与えられた評価で幸せになったり、つぶれたりするのは、おかしい。
 自分がどう納得して進むか。人は反省するいきものでない。失敗する前にやることがある。反省するとは過去。過去に振り返って反省しても、いいことはない。
 どれだけ考えても過去には取り戻せない。過去は1mmも変えられない。未来をいくらでも作れる。
苫野  幸せに向かうエネルギーが強い。内省をいつもしている。
 よく反省文を書かせているが、反省文は取り繕うようになるだけ。悪い気持ちを増幅させる。
木村  反省文は、一人の子どもの言葉を失わせている。「あいつが」誤ってくれたら」となる。「二度としません」と言葉だけ。作文、虚構の世界。
 自分から、自分らしく、自分の言葉で語ることが大切。
苫野  自分の言葉で語ること、皆が自由になるため、自由でしあわせになるための教育を
 コロナ過で、子ども時間が無くなっなっている。全て大人時間、学校時間で生きている。どうコントロールしていいか分からなくなっている。、
木村  子どもとの関わりで分かったこと。必要なのは、認知能力ではなく、非認知能力。大切なのは、人と人がつながること。この力を付けておく。
藤川  苫野先生には、木村先生の話を聞いて、どのように普遍化できるか。培う学力とは何か、何が大事か、示してもらえたら。
苫野  木村先生は、たくさんの子ども達との出会いがある。
 先生方は、目の前の子どもから具体的な思考が得意。
 あなたの言っていることは、抽象的過ぎると言われる。
 哲学者は、具体的事例から本質的、哲学的言葉にかえることが得意。現場の先生に使えるかどうか検証してもらう必要がある。
 教育とは何か。自由に生きられるために実現すべき事。我儘放題の自由ではなく、他者も生きたいように生きている。対等に自由であること。
 自由の相互承認の感度を高めること。
 木村先生は、ぶれない軸と柔軟に対応するところ。自由の相互承認を実現する人。
 自由の相互承認をすすめる方法は、自分なりの方法で人とつながりあっている。
 探究の仕方、自由になるための力といえる。
 どのようにはぐくめるか、それには学びの個別化が必要。
 子ども達には、自分なりの方法で人と繋がる経験をたっぷりと用意する。
 コロナは、大人が焦って、大人がいろいろなことを決めてしまった。子どもはこうしなさいと。そうではなく、安心して、深い場づくりのため、一緒に考えると良かった。
 その時に、教師にぶれない軸があるといい。一人一人の学習権を保証していくことが大切。
 どうすれば可能絵だったか。
 志、情熱だけで片付けられない。気質、性格、条件があるのかもしれない。
 学校が自由相互承認の感度を高めていける場に。
木村  どれだけ失敗したか。自分一人でこれが大事と思っていてもできなかった。ツールは、対話。
 一人が自分を変える学びを。何のために学校はあるのかと雑談をしていた。豊かなアイディアが出てきた。「すぐ、やろう。」うまくいかなかったら、「やめよう」と。
 すべての子の学習権を保証する。100人いたら100通り。
 一部の子のための学力は、いらない。安心できる居場所をつくる。
 一に対話。二に対話。三四に対話。五に対話。
 皆、担任がしたいという。
 「担任とは、子どものすべてを担うということ。全員の命を守れますか」と問う。
 子どもに取ったらどれだけ迷惑か。
 かつては、親が子どもの面倒を見るのは当たり前だった。今は、変わってきている。親に殺される時代に。
 価値観のベースは、義務教育で作っている。
 子どもと本気で向かい合えば違う。大人は裏切られることがある。
 承認された経験がないと、相互承認の感度は高められない。愛と信頼と承認で包むことが大切。
藤川  孤立から一歩踏み出す。意識的に仕掛けを作っていく。
 インクルーシブ教育というが、これからは多様性が大事。
 150年前からいろいろなことを分離してきた。何でも分離してきた。ベルトコンベアーの中で、同質性の高いものを求めた。多様性を認めなかった。
 これからは、世代を超えた、学びの場に転換していくことが大事。ごちゃまぜの時代。
 支援を要する子に、読み書き計算でぱない。学びの個別化、協働化の時代に。子どものの能力の最大化を。
 非認知能力をアップすると認知能力をアップしたといえないのでは
木村  非認知能力をアップすれぱ、認知能力もアップする。
苫野  非認知能力をはぐくむメソッドができる。子どもの事実を見ながらやること。
 方法と目的が入れ替わることがある。
木村  これまで見える学力と見えない学力として話をしてきた。見えない学力を見えるようにしようとした。
 それは「人を 大切にする」、「自分の考えをもつ」、「自分を表現する」、 「チャレンジする」です。 この「四つの力」を自分なりに獲得していれば国際社会で通用する。
 それは子どもが評価する。
 非認知能力の育成には、安心して学べる、ワクワク学べる、お互いが尊重されていること。そこを整える。環境、支援が大事。
 「わからへん」
と言えると、学力が向上する。
 「わかりましたか。」「はい」で終わる授業からの転換を。
 できないところがあるから共有できる。
藤川  分からない」と言える子、というところからスタートを。
苫野  学びの個別化、協同化、プロジェクト化、ごちゃまぜの場をどう実装化していくか。
木村  人の力を活用する力をつけるようにしてきた。
 困っている子が困らなくなる学校に。
苫野  助けてくださいと言える学校、社会に。